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がん医療に特徴的なうつ病の診断と対応
抑うつ / うつ病
公開日:2025.04.24更新日:2025.07.06
がん医療における抑うつへの対応の原則
うつ病はQOLを低下させて身体や生命に重大な影響をもたらし、がん患者にみられるうつ病は適応障害と合わせて15〜40%になります[i]。がん医療では有病率が高いことや抗がん治療のアドヒアランス低下、入院期間延長、身体症状の増強、生命予後の悪化などの関連から適切な評価と対応が特に重要です。
うつ病などの支援は重症度や複雑性に応じた専門的支援だけでなく、幅広い一般的支援、患者会やサポートグループなどの医療外資源による支援、家族や友人などによるインフォーマルな支援なども必要になります。がん医療で医師や看護師などがチームを組んで行う一般的支援は以下の内容です。
- 支持的なコミュニケーション
- 介入が必要な精神心理状態への気付き
- 背景にあるニーズの特定と対応
- 精神疾患に類似した身体状況の除外
抑うつの重症度が一定以上(「閾値以上の気持ちのつらさ」)の場合に、特定の介入が必要となります。それは抑うつ検査などで規定値を越えたり、うつ病(大うつ病性障害)の診断基準を満たしたりする場合です。
がん医療におけるうつ病評価のむずかしさ
「正常の心理状態」との判別
がんになることは生活や人生を大きく変えてしまうので、診断後に心理的動揺が起きることは自然な反応です。医療者は患者が再び前向きな生活を送っていけるよう一時的な心理的動揺に惑わされず、かつ治療的介入が必要な抑うつを見落とさないようにします。「正常範囲の心理反応としての抑うつ症状」と「うつ病」は、ストレス状況からの期間が短いこと、機能障害が顕著でないこと、症状の特徴がないことで判別可能です。
身体症状との判別
身体疾患におけるうつ病の診断手法
がんの症状や治療の有害事象とうつ病が共通していると、判断が難しい場合があります。DSM-5では個々の症状が身体疾患に由来するか検討し、由来しないと判断できる場合はうつ病の症状とするという病因的診断を採用していますが、実際には様々な診断手法を用いても判断することが困難な場合が多いです。うつ病の症状を広く捉える代替的診断のEndicott基準では、抑うつ的な表情、引きこもり、悲観的思考、性的な刺激に無反応の項目を採用し、基準から身体症状を除外する除外的診断のCavanaugh基準では、身体状態に比較してケアに参加しない、機能低下の項目を採用しています。
現場では代替的診断や除外的診断はあくまで参考とし、うつ病や抑うつを過小診断しないように、病因的診断か包含的診断を用いることが望ましいです。
抑うつの原因となる身体要因
抑うつ状態や類似した状態になる可能性がある病態は、がんやがん治療に伴うもの、併存するその他の病態などです。これらに対して迅速な改善が困難で早急な改善が必要な場合、病態への治療だけでなく抑うつ状態への介入も並行して行う場合もあります。
倦怠感とうつ病の鑑別
倦怠感はがん患者に最も多い症状の一つで、うつ病と間違いやすいことが多くあります。その違いは情緒的応答や意欲・興味が保たれていること、一日の増悪するタイミングが違うなどです。
がん医療におけるうつ病治療
専門治療の前に行うべきこと
がん医療におけるうつ病の治療は、専門治療の前に医療者が取り組むべき一般的支援を徹底する必要があります。それは指示的なコミュニケーションや、患者の気持ちの辛さの背景にある問題(ニーズ)の同定と解決です。
医療者の望ましいコミュニケーションについては、診療ガイドラインが発行されており、両者の信頼関係や治療アドヒアランスを高め、不安を緩和する効果があります。難治がんの診断や再発などの「悪い知らせ」を伝える際には、「支持的な場の設定」「悪い知らせの伝え方」「付加的な情報」「安心感と情治療緒的サポート」に配慮するSHAREモデルが、効果的なコミュニケーションを実践する態度や行動です[ii]。また、がん患者や家族が疑問に感じやすい項目をまとめた「質問促進シート」も広く推奨されています。
気持ちの辛さの背景には様々なニーズ(身体症状、医療情報の不足や誤解、社会的問題など)があり、把握・対応することが抑うつの予防や改善に大切です。進行がん診断早期からの緩和ケアの提供は、多職種連携によって患者のニーズを満たすことを通じ、QOLを向上して抑うつ症状を軽減する可能性があります。
薬物療法
がん患者に対する抗うつ薬は、これまでの研究でmianserinのみ優位性が認められ、診療における抗うつ薬の位置づけは各国で差があります。米国臨床腫瘍学会のガイドラインでは精神療法を第一選択です。しかし、欧州臨床腫瘍学会のガイドラインでは限定的なエビデンスですが抗うつ薬を使用し、精神療法との併用療法を強く推奨しています。日本のガイドラインではうつ病に対する適応症がある、一般精神科診療で定着していることから、抗うつ薬の使用を推奨する実態です。しかし、使用には副作用に留意しつつ患者の意向に応じて使用し、併用薬剤との相互作用にも注意が要ります。
抗うつ薬は有害事象をもとに選択し、SSRIは世界的に最も多く用いられていますが投与初期の注意が必要です。SSRIの中でparoxetineは、tamoxifenとの併用は避け、NaSSAのmirtazapineは副作用ががん患者には好ましい場合があります。mirtazapineの研究では化学療法に伴う悪心嘔吐や神経障害性疼痛に対して有効性があり、有用性は高いです。
抗うつ薬は効果発現まで時間がかかるため、患者の予後が短い場合や迅速な症状緩和が必要な場合は、抗不安薬や少量の非定型抗精神病薬などの使用を検討します。
精神療法
がん患者の抑うつに対しては、様々な精神療法の有効性が実証され、米国・欧州臨床腫瘍学会のガイドラインでは特に認知行動療法が推奨されています。終末期などでは、人生の意味に焦点を当てた精神療法Meaning-centered psychotherapyやディグニティ・セラピーが適用となる可能性があるとの指摘です。
日本のガイドラインでも認知行動療法を推奨しています。人生の意味に焦点をあてた精神療法などにも有効性のエビデンスがありますが、対象者の背景や内容などよって結果が変わり、使い分けについては更なる検討が必要です。現場では心理士などがアセスメントと話し合いを行いながら適応を判断していくことになります。
診療フローに抑うつのケアを位置付けること
うつ病などの精神心理的苦痛は自分から援助を求めにくく、スクリーニングツールなどを用いて系統的に患者を見つけて支援に繋げることが必要です。電話やインターネットなどの情報通信技術IoTも活用しながら、スクリーニングから抗うつ薬の処方や専門治療への紹介を組み合わせたcollaborative careモデルが提案され、その有効性が実証されています。
参考文献
[i] 明智龍男 がん患者のうつ病・うつ状態 2022
[ii] 白井由紀、藤森麻衣子、内富康介 緩和ケアの教育と研修