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自閉スペクトラム症では、なぜ「グレーゾーン」がこれほど話題になるのか?

大人の発達障害 / ADHD・注意欠陥多動性障害

公開日:2025.04.24更新日:2025.07.06

はじめに

近年、メンタルヘルスの中で「グレーゾーン」という言葉がよく使われているが、特に耳にするのが自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder、以下「ASD」)です。実は医学的に用いられない用語ですが、ASDに関連した臨床的な意味について考察します。

診断基準の構造と「グレーゾーン」

光学的な白から黒へのグラデーションは両端を除くほぼ全域が「グレ一」になり、肉眼で多少の幅があっても白とグレーと黒の境目は明確に答えられません。ASDの症状を量的に評価して診断しようとする試みも同様で、白と黒を二分するようなものです。生物学的にASDの因子を持っていても行動的症状が目立たない人もいれば、ASDの症状を全く持たないという人もいるかもしれないので、診断をしない・する状態、そしてグレーゾーンの状態の境界を区切ることは困難になります。

現行の国際的診断分類は、多くの診断概念が主に周囲から見た行動による症状で定義され、その量的な程度によって診断の有無や重症度が操作的に定められています。操作的診断基準は、原因不明なため、検査法がなく、臨床症状に依存して診断せざるを得ない精神疾患に対し信頼性の高い診断を与えるために、明確な基準を設けた診断基準です[i]。

しかし臨床現場では、機械的に操作的診断を用いることが難しく、診断基準を満たすかどうか迷うケースが圧倒的に多くあります。以前のDSMやICDでは「広汎性発達障害」の中に典型度によって下位分類があり、どの分類に入れるべきか迷うケースが続出して「特定不能の広汎性発達障告」と診断されるケースばかりでした。その結果、現行の診断基準の中に下位分類は設けられず、診断するかどうかの境界をめぐる混乱やグレーゾーン問題は残ったままになっています。

現行の国際的診断分類は症状だけでカテゴリカルに診断を線引きすることを推奨せず、臨床症状が基準に足りない場合でも臨床判断によって診断してもよいと書かれています。ASDの診断基準に関してはそもそも閾値が明確ではなく、「対人的相互反応の異常および社会的コミュニケーションの異常」と「反復的、限局的な興味や行動の様式」がある場合を「自閉スペクトラム(autism spectrum以下「AS」)」と呼び、かつ社会生活に支障があればASDという関係です。症状ではなく社会生活の支障の有無が決め手になります。

さらに、当事者の多大な努力で周りから見て症状が目立たなくなる「社会的カモフラージュ」の場合、行動所見として症状が目立たないので診断基準を満たさないかのように見えます。しかし、内面での自己違和感や疎外感が強いためうつや不安を伴いやすくなり、DSM-5-TRおよびICD-11ではカモフラージュケースでも必要に応じて診断してよいとの記載です。

「非障害自閉スペクトラム」と「グレーゾーン」

ASDの診断補助やアセスメントなどに用いられる評価ツールでは、統計学的手法によりそれ以上高スコアならASDが強く疑われるというカットオフ・ポイントが設定されています。高スコア群は症状が目立ちながら確実に社会生活に支障をきたし、ややスコアが低くなると必ずしも社会生活に支障をきたさない人たちが増え、少数ながら支障をきたす可能性があるだけのケースも存在する傾向です。一方で、カットオフ以下の低スコア群でも社会生活に支障をきたす人が存在する領域があり、カモフラージュケースも考慮すると社会生活の支障があれば診断の必要性が出るため、症状の程度でグレーゾーンを論じることは限界になります。

ASとASDの関係について検討すると、ASの人たちの中には特性が要支援に直結する「狭義のASD群」が存在しますが、それ以外の人たちは特性だけで支援が要るわけではなく、うつや不安等の併存症が重なることによって要支援の状態となる場合があります。本田(2017)[ii]は、特性がありながらもASDと診断する必要がなくなった人たち (非障害自閉スペクトラム(autism spectrum without disorder以下「ASWD」)の存在を指摘し、それはAS特性の存在を障害の存在と同一視してはならないことの注意喚起でした。

ここで本田(2012)[iii]のASWDこそがASDのグレーゾーンだと言えます。ASの症状のみでスコア化して分けようとするには限界があり、症状の程度だけに注目していると社会生活の支障の具合の判断が困難です。支障があればASDと診断して医療や福祉等の支援を開始すればよいので、グレーゾーンはASの特性があるが社会生活の支障がない状態と言えます。

「グレーゾーン」を用いることのリスクと意義

ASDに関連して「グレーゾーン」という言葉を用いるには多くのリスクがあります。最大のリスクは症状の少なさを「グレーゾーン」と見てしまい、必要な支援を受ける機会を逃すことです。症状が少ないと治療や支援の必要性を感じず、当事者だけでなく支援者も控えてしまうことがしばしば見られます。

当事者らが「グレーゾーン」と言う背景には、ASDを前提とした支援を受けることについての葛藤が考えられます。当事者や支援者の葛藤を知り、差別的意識や偏見などが潜んでいる場合は、無暗に診断を認める押しつけは控えるべきです。認めない場合でも支援が必要な状況の認識を共有し、受け入れないままの支援のあり方の検討が必要になります。

2000年代に入ってから加速度的に浸透してきている「神経学的多様性」と「神経学的種族」の視点は、AS特性を疾患ではなく多様なヒトのあり方という捉え方です。この視点は、AS特性を有する社会的少数派に対して、多数派向けな現代社会は参加の障壁が多く、社会生活上の支障リスクが高いという見方になります。

AS特性が目立つと環境との不協和が顕著ですが、目立たない場合もストレスの蓄積やトラウマ体験によって起きるメンタルヘルスの問題がリスクです。この場合は併存症を伴うASDと診断され、問題が生じなかった状態がASWDであると言え、ASWDを「グレーゾーン」とみなしておくことは予防の観点からは妥当と言えます。

▶ASDに関する詳しい説明はこちらから

おわりに

ASDの「グレーゾーン」が多用される背景には、差別意識や偏見がまだ根強く残っており、多様性を当たり前として受け入れにくい文化が日本にはあります。一方で、少数派なAS特性があることを受け入れて自認しながら社会参加を試みる人は増加傾向です。現代の社会環境の中では障害として支援を要するリスクが多数派な人よりも高いため、当事者や家族がAS特性を認識することに意義があります。「グレーゾーン」という言葉に有用性があるとすれば、リスクマネジメントと必要性の認識と言えるでしょう。

参考文献

[i] 操作的診断基準(精神疾患の) – 脳科学辞典

[ii] 本田秀夫(2017)大人になった発達障害 認知神経科学

[iii] 成人の精神科臨床から見えてくる発達障害 併存障害を防ぎ得た自閉症スペクトラム成人例の臨床的特徴 | 文献情報 | J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンター