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セロトニン症候群の発症率と発症要因
お薬 / セロトニン症候群
公開日:2024.05.08更新日:2024.05.08
セロトニン症候群の発症率と発症要因
セロトニンはうつ病や不安障害などの治療において非常に有用なものです。しかし薬物療法の開始時や薬の増量時などでは、セロトニン症候群と呼ばれる症状が見られないか注意しなければなりません。
この記事では、セロトニン症候群の発症率と発症要因について説明します。
セロトニン症候群とは
セロトニン症候群(serotonin syndrome:SS)とは、抗うつ薬をはじめとするセロトニン作動性薬剤を服用することにより、中枢や末梢のセロトニンの活動が過剰になることで見られる様々な症状のことです。
多くの場合、薬物服用後数時間から24時間以内に発症するけれども、薬物の使用をすぐに中止すれば後遺症もなく軽快するとされています。
ただ最近では服用から48時間後に発症した遅発性のケースや症状が慢性化するケースなども報告されているため、今後の情報に注意しなければなりません。
セロトニン症候群(SS)の症状とは
SSの症状には以下が挙げられます。
- 軽度…神経質、不眠、吐き気、下痢、振戦、瞳孔散大
- 中等度…反射亢進、発汗、激越(感情が激しく高ぶる)、落ち着きのなさ、クローヌス(律動性筋けいれん)、眼球クローヌス(眼が左右に揺れ動く)
- 重篤…38.5℃以上の体温、錯乱、せん妄、持続的クローヌス、硬直、横紋筋融解症(筋肉が痛くなったり、手や足に力が張らなくなったりする)
特に重篤な症状が見られる場合には、すぐに病院にかかる必要があります。
SSの発症率
通常量の単剤使用でのSSの発症率は1%未満であり、さらに入院を必要とするSSは稀であると考えられています。
SSに関連するお薬は幅広い
しかし、近年ではセロトニン作動性の医薬品はうつ病患者以外にも用いられています。痛み止めや鎮静薬の中にはセロトニン作動性を有するものがあるためです。そのため、最近では外科(周術期)や、頭痛や婦人科、小児科などのクリニックでもSSが報告されています。
加えて、ドパミン受容体遮断薬が原因となって類似の症状を呈することもあります。そのため、SSの発症率についてはかなり低いけれども、詳細については不明と言えるでしょう。
SSの発症要因
SSの発症要因は、①薬物と②個人要因に大別されます。
①薬物
SSを引き起こす可能性のある薬のパターンには、
(1)セロトニンの再取り込みを阻害する薬
(2)セロトニン代謝を低下させる薬
(3)セロトニン合成を増加させる薬
(4)セロトニン放出を増加させる薬
(5)セロトニン受容体を活性化する薬
(6)サプリメント
(7)多剤併用
があります。ここでは(3)セロトニン合成を増加させる薬以外について順に説明していきます。
(1)セロトニンの再取り込みを阻害する薬(例 SNRIやSSRI)
セロトニンをシナプス前末端に戻すことで分解されることを防ぎ、シナプス間に留めることでセロトニン神経の機能を高める薬の代表は、SNRIsやSSRIなどです。特にSNRIのvenlafaxineはセロトニン再取り込み阻害とは別のセロトニン作動性メカニズムも有するため、SSRIよりもリスクが高いと考えられています。
SNRIやSSRI以外にもセロトニンの再取り込みを阻害する薬はあります。ハーブのセントジョンズワートや鎮静薬のDextromethorphan、抗ヒスタミン薬のchlorpheniramineなどです。
またSNRIやSSRIと比べると弱いですが、Tramadolをはじめとする特定の合成opioidもセロトニン再取り込み阻害作用を持ちます。また高用量で使用する場合は、セロトニンの放出を誘発する可能性を持つというユニークな作用を有します
Tramadolは乱用や呼吸抑制の可能性が低い鎮静薬と認識されて使用されています。
ただ、最近では海外だけではなく日本においてもTramadolの過剰投与によるSSの報告が増えていること、TramadolはSSRIやSNRIなどと併用されるケースが多いことなどの理由から、注意が必要でしょう。
(2)セロトニン代謝を低下させる薬(例 MAOIs)
MAOIsはモノアミン酸化酵素を阻害することでセロトニンの分解を遅らせます。
MAOIsには2つのサブタイプがありますが、この2種類を併用したり、MAOIと別のセロトニン作動性薬物を併用したりすることが特に危険であるとされています。なお、MAOIの中にはそれとあまり認識されていない薬剤もあります。例えば、抗菌薬のisoniazidやlinezolidなどです。
(3)セロトニン放出を増加させる薬
シナプス前神経からのセロトニン放出を増加させることでシナプス間におけるセロトニン濃度を増加させる薬には、amphetamine phentermineやMDMA、phenanthrene、opioidsなどがあります。なお、ADHDの症状コントロールで用いられるmethylphenidateは含まれません。
(5)セロトニン受容体を活性化する薬
作用機序は不明ですが、Lithiumはセロトニン受容体の感受性を高めるという仮説もあり、しばしばSSの発症と関連しています。
(6)サプリメント
セロトニンの前駆物質であるL-トリプトファンのサプリメントがあります。過剰摂取することでセロトニン産生の増加が起きることから、SSのリスクが指摘されています。
(7)多剤併用
異なる方法でセロトニン神経系の機能を増加させる複数のセロトニン作動薬を併用している場合に特にSSが起こりやすいと、多くの専門家が指摘しています。重症なSSのケースは薬物相互作用と一致していることが多いです。組み合わせの中で特に危険なのが、MAOIとSSRIあるいはSNRIの併用と、複数のMAOIの併用です。
②個人要因
薬剤の影響だけでSSを発症するわけではなく、個人の代謝もSSの重要な要因と言えます。セロトニン代謝のカギとなるのはCYPです。ヒトの場合は、肝細胞の小胞体やミトコンドリアの内膜にCYP存在します。CYPによる代謝が低い場合、SSを引き起こすことが稀なParoxetineの単剤使用でもSSを発症したケースが報告されています。
また、遺伝子レベルでも個人要因は検討されています。5-HT2A受容体遺伝子のT102C部位の多型がSS発症の素因と関連しているのではないかということが分かっています。とはいえ現状では、一貫した臨床結果を得られていません。遺伝子多型がSSの感受性に対して持つ臨床的な意味については、今後さらなる研究を待つところです。
最後に
確率は決して高くはないものの、セロトニン作動性薬剤の使用にはSSのリスクを伴います。しかしながら、患者さんにとって有用であると思われる薬剤の処方を避けてしまうことは治療を行ううえで大きな問題です。
ほとんどの場合、初期に対応すれば後遺症もなく症状が軽快します。そのため、患者さんへの情報提供や、ミオクローヌス(筋肉が非常に素早く収縮すること。けいれんと異なり、持続時間は非常に短い)をはじめとする重症化サインへ注意することが大事と言えるでしょう。