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電気けいれん療法(ECT)の作用機序へのアストロサイトの関与とその背景に存在する分子メカニズムの検討

電気けいれん療法

公開日:2025.04.24更新日:2025.07.06

はじめに

多くの向精神薬が利用できる現代精神医学においても、電気けいれん療法(ECT)は未だに最も有効性・速効性を持つ治療法であり、難治性および薬物抵抗性、早急な治療効果が求められる症例などに対して使用されています。しかし、ECTの作用機序は未だに不明であり、主流の修正型ECTは精神科単科病院の大部分で治療を必要とする症例であっても随時行うことが困難です。もし、ECTの優れた有効性・速効性を模倣可能な薬物を開発することができれば、必要とされる症例も治療が可能になるため、ECTの作用機序を分子レベルで詳細に解明することが求められます。

抗うつ薬の作用機序についてはモノアミン仮説を筆頭に様々な仮説が普及していますが、“なぜ抗うつ薬は速やかな効果発現ではないか”を説明できないという根源的な問題が存在しています。代わりに神経細胞新生仮説が提唱されており、成体ラットに抗うつ薬を与えても神経細胞新生増加に数週間が要ることから、効果時間に時間を要する説明可能な仮説として注目され、以後多数の研究が成されている状況です。一方でECTの動物モデルである電気刺激(ECS)も成体海馬神経細胞新生を増加させるようですが、深くは研究されませんでした。

朴は長年抗うつ薬、気分安定薬の作用機序における成体海馬神経細胞新生の役割について研究を行い、また竹林・梶谷は、抗うつ薬がアストロサイトに直接作用して種々の神経栄養因子・成長因子の発現・分泌を促進することを研究で示しています。彼らの研究では、抗うつ薬が神経幹細胞に直接作用せずに、ノルアドレナリン作動性ニューロンないしアストロサイトに作用することで神経幹細胞の増殖を促進することを示す結果でした。

[i]更に成体ラットの脳においてアストロサイトを選択的に減少させるとうつ病様症状が出現するが、ニューロンを選択的に減少させても出現しないことが知られています。以上より朴はECTも成体海馬神経細胞新生の増加が効果を発現させる可能性を考え、ATPが急速に神経幹細胞のleukemia inhibitory factor(LIF)をP2X2受容体を介して、急速な著しい増加を見出す結果でした。

これらの研究から、ECTの効果発現にアストロサイトが関与している可能性が示されますが、実際にうつ病モデル動物で検討することが必要です。また脳組織には複数の異なる細胞種が混在して個々の細胞種での変化を捉えられていない結果や、従来の野生型マウス・ラットではECSによるうつ病様行動変化の回復効果に伴う分子を同定できていない結果が、ECTの作用機序が未だに解明されていない可能性と考えられます。そこで本記事は、これらの問題点を克服すべく研究を行った結果の紹介です。

方法

雄の8週齢のガン・免疫研究など幅広く使用されているマウス[ii]にコルチコステロンを4週間経口投与し、ECSを週に3回の2週間(計6回)施行しました。その後、ショ糖嗜好性試験(SPT)と新奇環境下摂食抑制試験(NSFT)を施行し、海馬を取り出してGFAP(アストロサイトのマーカー)を用いた免疫染色により、海馬におけるアストロサイトの数の変化を検討。また、ACSA-2(アストロサイトのマーカー)とO2(オリゴデンドロサイトのマーカー)の抗体を用いたセルソーティングにより、ACSA-2陽性O2陰性細胞としてアストロサイトを分離しました。分離された細胞がアストロサイトであることを確認し、分離された海馬アストロサイトから単離したRNAを用いて各種遺伝子解析を行う方法です。

結果

従来の研究とは異なり、コルチコステロン投与開始から2週間で6回のECSを施行したところ、SPT・NSFTの両方において有意なうつ病様行動変化の改善が認められ、コルチコステロン投与によるうつ病様行動変化がECSで改善するモデルを確立しました。

朴らの研究はアストロサイトが作用機序に関与している可能性が前提です。そこでグルココルチコイドとECSが海馬アストロサイトに及ぼす影響について検討を行うと、海馬内の各領域のいずれにおいても有意にGFAP陽性細胞数が減少し、ECSにより回復していました。次に行動実験に用いたマウスの海馬から、抗ACSA-2抗体とオリゴデンドロサイトの細胞表面抗原であるO1に対する抗体を用いたセルソーティングを行い、ACSA-2陽性O1陰性の細胞を分取し、RT-PCRにてアストロサイトのマーカーのみの発現が認められた結果でした。

分離した海馬アストロサイトのRNAを用いてRNA-seqを行い、その結果を用いて閾値なしRRHO解析を行うと、コルチコステロンのみ投与した群(うつ病モデル)とコルチコステロン投与とECS施行を共に行った群は逆方向の遺伝子発現変化パターンを示しました。よって逆方向に変化している遺伝子群がどのような生物学的機能に関連しているのかを検討することが必要でした。そこでGene Ontology(GO)解析を行うと、うつ病モデルで減少しECSにより増加する遺伝子群に関連した生物学的機能として細胞分裂に関連する複数の現象が上位にランクインし、その反対の群では細胞骨格の調節に関連する複数の現象が上位にランクインしました。続いてうつ病モデルとECSで逆方向に変化する個々の遺伝子を探索したところ、該当したのは血清およびグルココルチコイド調節キナーゼ1 (SGK1)とPAXIP1-associated glutamate rich protein 1A(PAGR1A)の2つのみでした。しかし、SGK1はPAGR1Aの発現量が極めて少なかったため、SGK1についてのみ確認実験を定量RT-PCRにより行うと、確かにSGK1の発現はうつ病モデルの海馬アストロサイトで増加し、ECSにより減少していました。

考察

研究で用いられたマウスモデルは、コルチコステロン投与によりうつ病様行動変化を呈したマウスにECSを施行したこと、2週間に6回という実臨床に即した頻度でECSを施行したことの2点で従来とは大きく異なっています。その結果、うつ病モデルマウスにECSを施行した群とうつ病モデルマウスの遺伝子発現変化パターンが逆方向であったという、想定どおりの結果でした。更に、従来のECSの頻度は過鎮静が起きてうつ病様行動変化の回復が得られなかったことからECS施行頻度は実臨床に比べて過剰であったとも考えられ、朴らが確立したうつ病様行動変化がECSにより回復するマウスモデルを用いた研究を施行していく必要性が今後は高くなっていくものと考えられます。

朴の研究において、コルチコステロン投与により海馬のアストロサイト数が有意に減少し、ECSにより有意な回復が得られたことは、うつ病の病態生理およびECTの治療効果に海馬のアストロサイト数が関与している可能性が示唆され、これは過去の研究とも一致しています。一方でECSによるアストロサイト数の回復は朴らの研究が初めて行ったものであり、ECTの治療効果にアストロサイトが実際に関与している可能性が示される結果です。またアストロサイトの増減が認められた結果はGO解析による通り、コルチコステロンによりアストロサイトの増殖が低下し、ECSにより回復した可能性が考えられます。今後これらの可能性を検討することにで、アストロサイトを介するうつ病の病態生理やECTの治療効果の分子メカニズムの詳細が明らかになることが期待されるでしょう。

朴らは海馬アストロサイトにおいてコルチコステロンにより発現が増加し、ECSにより発現が減少する遺伝子としてSGK1を同定しました。SGK1はグルココルチコイド(コルチコステロン)により発現が誘導され、中枢神経系も含んだ様々な組織細胞での発現が確認されているキナーゼです。アストロサイトにおけるSGK1の機能は未だ不明であり、コルチコステロンによるSGK1の発現増加がアストロサイトの増殖を抑制し、ECSがSGK1の発現を抑制することによりアストロサイトの増殖が回復する可能性が十分にあると考えられます。この可能性を更に検討することで、うつ病の病態生理とECTの治療効果におけるアストロサイトでのSGK1の役割が解明されることが期待されるでしょう。

SGK1はグルココルチコイド受容体により発現が誘導されることから、コルチコステロンにより海馬アストロサイトでの発現が増加することは十分に理解可能ですがECSによる海馬アストロサイトでの発現抑制のメカニズムは全く謎です。グルココルチコイド受容体を介した発現抑制とは別のメカニズムにより、ECSはSGKIの発現を抑制するものと考えられ、興味深いことにDNAメチル化やヒストンアセチル化を変化させる可能性が示されています。もちろんこれはあくまで仮説であり、全く別のメカニズムが関与している可能性も十分に考えられますが、海馬アストロサイトにおけるSGK1の発現抑制の詳細な分子メカニズム解明はECTの作用を模倣可能な薬物の開発につながる可能性が期待されるでしょう。

参考文献

[i] 朴 秀賢(2024) うつ病の神経細胞新生仮説を再考する-日本生物学的精神医学会誌35(1)-

[ii] C57BL/6Jマウス 日本クレア株式会社