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統合失調症と双極性障害のグレーゾーン

非定型精神病 / 統合失調症

公開日:2025.04.24更新日:2025.07.06

I.はじめに

精神疾患の境界線を定義することは精神科における最も深遠な問題であり続けています。臨床面や研究面においても、これまで何度も新しくなった診断基準は生物学的な規定がなされた疾患がほとんど見つかっていない現状では、失敗の歴史であったと言われても不思議ではないです。これまでの精神科の歩みはこの問題に挑み、失敗し、そして妥協の産物としての診断基準を発行し続けてきているのかもしれません。

前世紀に満田によって提唱された非定型精神病は、①急性発症、②予後良好な転帰を辿る、③臨床症状の多型性、④発症の誘因が認められ、現在に至るまで国内の臨床現場で患者がみられてきました。満田は非定型精神病を単なる統合失調症と双極性障害の中間としたのではなく、他の内因性精神病と異なる遺伝学的特徴をもつ、異種の疾患の位置付けです。満田の提唱した非定型精神病はDSM‒5にあてはめるならば短期精神病性障害や統合失調症様障害、特にそのうち予後のよい特徴をもつ群であり、ICD‒10においては急性一過性精神病性障害が非定型精神病類似の疾患となります。[i]統合失調症と双極性障害のグレーゾーンの位置づけについて満足のいく答えが出たことは精神医学の歴史上なく、一部の患者では緊張病症状も呈することから、その関係性は非常に複雑です。

II.非定型精神病の生物学的研究

満田らの遺伝的な独立性から、松本らも非定型精神病は統合失調症と双極性障害の中間に位置する独立したものと見なしています。後の米田らは、満田らと同様な家計調査を感情障害患者に実施し、感情障害の定型群と非定型群では血縁関係による影響の変異に差がみられる結果でした。これは両群が遺伝的に異なった基盤をもつ異種である可能性が認められ、過去の知見と一致することになります。 近年松本らは、分子遺伝学的手法を用いて非定型精神病患者の遺伝情報は双極性障害よりも統合失調症の方が近接していたことが判明し、次世代シークエンサーを用いた研究では自己免疫疾患であるSLE(全身性エリテマトーデス)に近似している結果でした。

III.非定型精神病と脳炎

現代の臨床では、非定型精神病の臨床的特徴を示す脳炎の患者の存在が明らかになってきています。自己免疫性精神病とは自己抗体によって精神症状のみがある患者で、腫瘍や脳波異常が存在した場合にその可能性が増すことが指摘されているが、けいれんなどの神経症状がほぼ見られない自己免疫性脳炎の中の下位概念です。岡山大学の高木らのグループは以下にある非定型精神病の診断基準を利用し、抗NMDA受容体脳炎の患者の全てがカテゴリーBの2項目以上に当てはまることを見出しました。その上で、診断基準がどの程度非定型精神病や抗NMDA受容体脳炎などの自己免疫性脳炎に対し、病気でない症状群を診断できるのかについての十分な見直しが必要です。

表1非定型精神病診断基準

A:精神的に健康な状態から、突然精神病症状(B症状)が発現し、診断基準に該当するまで2週間以内であること。[B症状の発現前に不眠・不安が出現することがある〕

B:次の3つの項目のうち少なくとも2つの症状が同時に起こること。

  • 情緖的混乱
  • 困惑,および記憶の錯乱
  • 緊張病性症状または幻覚や妄想

C:障害のエピソードの持続時間は3ヵ月未満で,最終的には病前の機能レベルまでおよそ回復すること。

D:物質または一般身体疾患の直接的な生理学的作用による障害は除外とする。

下位項目の特定

該当すれば以下の項目を該当すること

  • 著明なストレス因子のあるものまたは著明なストレス因子のないもの
  • 邀伝負因のあるもの(第一親族内)または遺伝負因のないもの
  • 前駆症状のあるものまたは前駆症状のないもの

経過の特定

  • 初発か再発か
  • 反復(闢期性)の有無と過去のエピソードの同定

IV.診断基準をめぐる諸問題

前述した非定型精神病の診断基準は、2010年に作成されているが、日本の診断概念でグローバル化されておらず、日本でも地域差が大きく使われるのが関西圏に限られていました。また、時代の流れがエビデンス精神医学へとシフトし、生物学的精神医学や精神薬理学などでは操作的診断が強く求められ、信頼性の向上から研究対象にしやすい診断名や薬物効果判定・副作用などのエビデンスには操作的診断が必要でした。[ii]これでは臨床的有用性の評価が全くされないことになるため、典型的な症状の羅列を経て診断に至るという医学的帰納法が求められ、上記の診断基準の作成と現場での応用に至りました。なお症状などが近い急性一過性精神病(ATPD)の発生率の疫学的調査でも、一定数の患者が他国でも観察されている結果です。

しかしながら、非定型精神病およびその類縁疾患は長期的な安定性に乏しいといった臨床的特徵があり、ATPDは15%が反復し、30%は双極性障害と診断変更され、15%は統合失調症と診断変更を受けるとまとめることができます。[iii]日本での12年間の観察研究では、初発のATPDの患者のうち、31%が統合失調症に診断が変更となり、63%の患者は同一診断を保持していましたが、英国の精神病症状を初発とする403名の10年間の観察研究では、統合失調症の診断保持が69%、双極性障害69%、精神病症状を伴ううつ病59%、そしてATPDは40%でした(すべてICD-10による診断)。このように非定型精神病、およびその類縁の疾患は10年以上の長期間が過ぎた時期には、15~30%程度が統合失調症と診断変更されている可能性があります。診断が保持されているのは半分程度と考えておいてよさそうです。

V.展望

非定型精神病やそれと近似するATPDなどの疾患について様々な視点で検討してきましたが、総じてその位置づけはグレーゾーンにとどまっていると言わざるを得ないでしょう。それは、統合失調症と双極性障害の間に横たわるグレーゾーンには大きな幅があり、一つの極として提唱されているATPDや非定型精神病などの疾患群は診断の長期的安定性が不十分であることから、障害診断の極としての十分な要件を欠いていることが大きな理由になります。脳炎診断の簡素化など今後の展開によってそれが変わり、明らかな極が大頭することが必要です。

参考文献

[i] 岡山 達志ら(2017) 満田の非定型精神病に対する現代的解釈 精神経誌

[ii] 須賀 英道(2010) 臨床における非定型精神病概念再考 第105回日本精神神経学会総会

[iii] 坂本薫(2011) 操作的診断の視点から見た「急性精神病」におけるカテゴリー診断とディメンション診断