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腎不全・透析患者における精神科薬物療法

お薬 / うつ病

公開日:2025.04.24更新日:2025.07.06

腎不全・透析患者における精神科薬物療法

これまで日本における透析患者数は増加しており、はじめて減少傾向になったのは2022年です。それでも年間4万人近くの新規透析患者が生まれ、全国で約35万人いるとされています。透析患者にはさまざまな心理的ストレスが加わり、透析患者がうつ病になる割合は30~50%であり、これは一般の15%より大きな値です[i]。

このため早期発見と適切な対処が必要とされているが、慢性腎臓病患者(chronic kidney disease : CKD)の精神症状は頻繁に腎不全を伴う尿毒症の一症状として表れることがあります。腎疾患に伴う身体症状がうつ病の精神症状と類似する場合があるため薬物療法の導入には十分な配慮が必要です。これらを踏まえて腎不全・透析患者における精神科薬物療法について解説していきます。

向精神薬使用にあたっての基本的考え方

CKDとは慢性に経過する腎臓病のことであり、血液透析、腹膜透析や移植などの腎代替療法が必要です。ここではCKD患者に対して透析に依存していない場合と透析を行う場合に分けて注意点を説明します。

非透析患者の場合

向精神薬の多くは効果を発揮するために、アルプミンなどのタンパク質と結合して循環しますが、一部の薬は肝臓で代謝を受けて尿として排泄されるものと、胆汁から小腸を通じて再吸収されて再び体循環に戻るものがあります。一方で水溶性薬剤は肝臓での代謝を受けずに腎臓から尿として排出されるため、腎臓は最終的な薬剤の排出路としての役割が大変重要です。他にもCKD患者は複数の身体合併症治療のために、薬の掛け合わせに注意が必要となります。

また腎不全に伴う嘔気や嘔吐があると、薬剤を口から摂取するときに臓器まで必要量が到達しない場合や胃のpHを上昇させて吸収に影響を与える場合があります。さらに低アルブミン血症は体液が過剰に出ると体の中で薬剤が分布する容積を増加し、筋肉の衰えは分布容積を減少させてしまうため、タンパク結合率を低下させて薬の効果と副作用に影響を与えるでしょう。

透析患者の場合

透析患者に対する向精神薬の使用については、薬剤の透析性の理解が重要です。分子量が大きい、タンパク結合率が高い、分布容積が大きい、脂溶性薬剤であるといったことから透析によって薬剤が除去されにくい要因とされています。

向精神薬の多くは脂溶性薬剤であるため腎臓による排泄不全が薬物の蓄積が起こり、中毒性の副作用を引き起こす可能性があります[ii]。しかし同じ薬剤であっても出方や効き方が異なる薬物動態については、全ての向精神薬において明らかになっているわけではありません。

精神症状の評価

CKD患者の場合、精神症状の評価は身体的要因や使用している薬剤の関与によって大きく変動する場合があり、十分に確認した上で精神科薬物療法を始める必要があります。

身体的要因として最も重視するのが尿毒症であり、腎不全に伴い通常排泄される老廃物が血液中に残存することで生じる症状です。無気力、活動性や注意力の低下などの抑うつ症状に似た症状や意識障害が起きることがあり、十分な透析が必要になります。

高カルシウム血症と精神症状の関連も指摘されており、ビタミンD製剤やカルシウム製剤投与には注意が要り、以下の薬剤がうつ病の原因となる場合があります

  • ステロイド
  • インターフェロン
  • 降圧剤
  • ヒスタミンH2遮断薬
  • 抗パーキンソン薬
  • 制吐剤
  • 抗精神薬

各種薬剤の使用方法

CKD患者に対する精神科薬物療法は適切な精神症状の評価後、原則として腎機能に応じて用量調整した薬剤を、低用量から長期間をかけて増量することが基本です。薬効は適宜評価し、治療に反応しない場合は速やかに薬剤の中止を検討することが望ましいとされています。

抗うつ薬

SSRIの一つであるセルトラリンを用いて、透析をしていないCKD患者のうつ病に対する有効性についての報告があります。ステージ3~5の非透析依存CKD患者201人を対象としたランダム化比較試験であり、初期用量50㎎/日から200㎎/日まで漸増しても投与による変化はなく、一方で吐き気、嘔吐や下痢がしばしば観察されました。その他にも透析患者のうつ病については、2016年に世界中の文献から調査された研究があり、決定的なエビデンスは示されていませんが、薬物療法は生活の質に対して有益ではなく、低血圧、頭痛、性機能障害および吐き気の増加が観察されています。

一方で維持血液透析患者のうつ病を対象とした場合、認知行動療法とセルトラリンとの有効性を比較し、どちらも有意な改善を見せています。トラゾドンについては血液透析患者の慢性不眠症には効果が示されず、CKD患者に対する抗うつ薬の効果は十分とは言い難く、もし使用する場合はSSRIが優先され、SNRIは十分な注意が必要です。

実際の薬物療法では「慢性腎臓病の進行を促進する薬剤等による腎障害の早期診断法と治療法の開発」により、薬剤性腎障害の治療ガイドラインが作成されています。特にベンラファキシンについては「腎機能低下時に最も注意の必要な薬剤投与量一覧」にあるように透析時は禁忌です。

抗精神病薬

抗精神病薬の多くは肝代謝であり、腎不全時に用量調整を必要としないことが多いので、薬剤そのものやその活性代謝物が腎排泄になっている一部のものへの注意が必要です。Sutarらの研究では、血液透析を受けている患者が統合失調症の治療のための抗精神病薬を用いた場合、精神疾患の増悪が多かったことが報告されています。実際の薬物療法ではハロペリドールの投与が多いですが、スルペリドは可能な限り使用を控えた方が望ましく、リスペリドンの活性代謝物とパリペリドンは主に腎排出のため注意が必要です。

気分安定薬

双極性障害の治療薬である炭酸リチウムは腎毒性の問題があるため、腎障害のある患者に対しては禁忌です[iii]。また、薬剤自体にも急性腎障害、間質性腎炎、ネフローゼ症候群などの副作用が起こる可能性があるとされています。その他の代表的なものは、バルブロ酸ナトリウム、カルバマゼピン、ラモトリギンなどの抗てんかん薬です。

抗不安薬、睡眠導入薬

ベンゾジアゼピン(BZD)系抗不安薬は肝代謝であり、腎不全時や透析時にも使用可能であるが半量からの慎重投与が推奨されています。睡眠導入薬も同様であり、メラトニン受容体作動薬のラメルテオン、オレキシン受容体拮抗薬のスボレキサントとレンボレキサントも肝代謝で同様です。

おわりに

透析や慢性腎臓病の患者は健康な患者とは体内環境が異なるため、薬剤投与には十分に注意が必要です。まずは適切に精神症状を評価し、各薬剤の特性に合わせて腎機能に応じた用量調整を行って低用量から開始します。適宜薬効および有害事象を確認しながら慎重に増量していくことが重要です。

参考文献

[i] 日本透析医会 腎臓病患者のこころ

[ii] 透析患者の薬物動態

[iii] 躁病・躁状態治療剤 炭酸リチウム製剤 リーマス錠100 リーマス錠200