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ナラティブ精神療法|語りに意識を向け、困難を理解しよう
精神療法
公開日:2024.05.31更新日:2024.05.31
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患者さんの語りに意識を向け、感じている困難を理解しようとする
精神療法の一つにナラティブ精神療法があります。ナラティブ精神療法では、聴き手は患者さんの語りに意識を向け、患者さんが感じている困難を理解しようとする方法です。今回は、ナラティブ精神療法の歴史や特徴、手技、実例についてをお話します。
ナラティブ精神療法とは
精神科医は、患者さんとの面談で、特に患者さん自身の物語を聞くことに多くの時間をかけます。なぜなら、臨床現場において患者さんの語りが非常に重要であり、それなしでは患者さんの状況を理解することが難しいからです。例えば、最初の面談では、患者さんに自分の生活や問題について話してもらい、それに関連する質問をします。患者さんが過去にどのような困難を経験し、それにどのように対処してきたかなどの語りを聴くことによって、精神科医は患者さんの背景や現在の状況を理解しようとします。
ナラティブ精神療法は、このような患者さんの物語に焦点を当てた治療法です。精神科医は、患者さんの物語に深く関心を持ち、その物語に共感しようとします。これにより、患者さんの内面や経験をより深く理解し、治療に役立てることができます。
ナラティブ精神療法の歴史
ナラティブ精神療法は家族療法から発展し、1980年代後半にオーストラリアの精神科医マイケル・ホワイト氏とニュージーランドの文化人類学者ディヴィド・エプストン氏によって創始されました(参考文献1)。彼らは、物語的自己論をケアに応用したナラティブ精神療法を開発し、新しい物語を描くことで問題の解決を目指しました。
ナラティブ精神療法の特徴
ナラティブ精神療法の大きな特徴は、聴き手が意識を向ける対象が、語り手自身ではなく語られていることである点です。通常の心理療法では、治療者は患者さん自身やその抱えている問題そのものに意識を向けますが、ナラティブ精神療法では、聴き手は話し手の語りに意識を向け、物語の世界を共に散策します。話し手は抱えている問題そのものに固執せず、自由に物語の世界を散策していくうちに、新しい物語を語れるようになっていきます。
ナラティブ精神療法の主な手法
ナラティブ精神療法は、個人やグループにおける心理的な問題や苦悩を探求し、理解し、変容させるためのアプローチです。この手法は、個人が自分の生活や経験に関する物語を作り、それらの物語を通じて自己理解や変容を促すことを目指しています。ここでは、ナラティブ精神療法の主な手法を紹介します。
ストーリーテリング
ナラティブ精神療法では、患者さんが自分の生活や経験に関するストーリー(物語)を作成することが重要です。これは、過去のできごとや関係、感情、信念などについて、患者さんが自分自身の言葉で語ることを促します。このプロセスにより、患者さんは自分の経験を整理し、理解することができます。
外部化
ナラティブ精神療法における「外部化」とは、患者さんの問題や苦悩を、その人自身から切り離して、外部の対象として捉えることです。これにより、患者は自分の問題を客観的に観察しやすくなります。例えば、「うつ病」という言葉を使う代わりに、「うつ病」という存在を別のものとして見ることで、患者さんはその影響を客観的に理解しやすくなります。このアプローチにより、患者さんは自分の問題に取り組む際に、より客観的で冷静な視点を持つことが可能です。
再構築
患者さんは、過去や現在の物語を再構築し、自分の物語を再度書き直すことができます。過去のできごとや経験を新しい視点から見直し、新しい意味を与えることで、患者さんは過去の影響を減少させ、自己の成長や変容を促進します。
対話的な探求
ナラティブ精神療法では、患者さんと精神科医の間で対話的な探求が重要です。精神科医は、患者さんの物語に対して好奇心を持ち、理解を深めるための質問を行います。このプロセスにより、患者さんは自己の物語をより深く掘り下げ、新たな洞察を得ることができます。
文化的なコンテクストへの配慮
ナラティブ精神療法では、患者さんの文化的なバックグラウンドや社会的コンテクストを考慮することが重要です。患者さんの物語は、彼らの文化的な価値観や信念に基づいて理解される必要があります。
ナラティブ精神療法実例
ナラティブ精神療法は、さまざまな心理的な問題や状況に適用されます。ナラティブ精神療法の実例をいくつか挙げます。
トラウマの処理
患者さんが過去のトラウマ体験に苦しんでいる場合、ナラティブ精神療法はその経験を探求し、再構築する手段として役立ちます。患者さんは、自分のトラウマに関する物語を作成し、それを再構築することでトラウマからの回復を促進します。
アイデンティティの探求
自己のアイデンティティについて疑問を抱いたり、苦悩したりしている人々にとって、ナラティブ精神療法は有益です。患者さんは、自分の生活や経験に関する物語を探求することで、自己のアイデンティティを理解し、受け入れることができます。
関係性の問題
パートナーシップや家族関係などの関係性に問題を抱えている人は、ナラティブ精神療法を通じて関係性を改善することができます。患者さんは、自分と他者の関係に関する物語を探求し、コミュニケーションの改善や相互理解を促進します。
自己肯定感の向上
自己肯定感が低い人は、ナラティブ精神療法を通じてポジティブな自己物語を構築することができます。患者さんは、自分の強みや成果に焦点を当て、自己肯定感を高める新しい物語を作成することで、自信を取り戻すことができます。
職業上の課題
職場でのストレスや仕事上の問題に直面している人は、ナラティブ精神療法を通じてその課題を探求することができます。患者さんは、仕事に関するストーリーを探求し、仕事上のストレスを軽減し、より充実した職業生活を築くことができます。
これらは一般的な実例です。ナラティブ精神療法が、それぞれの患者さんのニーズや目標に合わせて幅広く適用される状況を示しています。
まとめ
ナラティブ精神療法の歴史や特徴、手技、実例についてをお話しました。患者さんが語っていることについて注目し語りを聴くことによって、患者さんの背景や現在の状況を理解しようとします。実例で示したように、トラウマや関係性の問題、自己肯定感の向上などさまざまな場面で取り入れられる方法です。
【参考文献】一般社団法人 日本ナラティブセラピー協会「ナラティブセラピーについて」
野村紀夫 監修
医療法人 山陽会 ひだまりこころクリニック 理事長 / 名古屋大学医学部卒業
保有資格 / 精神保健指定医、日本精神神経学会 専門医、日本精神神経学会 指導医、認知症サポート医など
所属学会 / 日本精神神経学会、日本心療内科学会、日本うつ病学会、日本認知症学会など